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2015年3月 8日 (日)

争乱の戦国史188(織豊Ⅳ24): 関ヶ原 両軍激突

 石田三成が大垣城を出て関ヶ原に向かったという報は、1600年9月15日深夜2時ごろ家康の元に届いた。思惑通りの展開に喜んだ家康は、全軍に関ヶ原めざし前進の命令を出した。関ヶ原は西に笹尾山と天満山が並び、北に伊吹山系、東南に南宮山、西南に松尾山に囲まれた東西4㌔、南北2㌔盆地中山道が東西を貫き、中央付近から北西に北国街道、東南に伊勢街道が伸びる交通の要衝でもある。
 三成笹尾山に本陣を置き、天満山に宇喜多秀家、松尾山小早川秀秋を配し「鶴翼の陣」を敷いて東軍を待ち構えた。家康は関ヶ原の東南の桃配山に本陣を置き、東西の各隊も午前6時頃までには関ヶ原に着陣した

 前からの雨はやみ霧が立ち込める中、東軍約7万4千、西軍約8万が対峙。二時間ほど睨み合いが続く中、午前8時頃家康の家臣・伊井直正と家康4男・松平忠吉が少数の兵を引連れ、福島政則勢の横をすり抜け、正面に出ようとし、先陣と決まっていた正則の先鋒隊長に咎められたが、物見と言ってすり抜けいきなり西軍の宇喜多勢に鉄砲を撃ちかけた。これを合図に天下分け目の関ヶ原の戦いが始まった
188 伊井に出し抜かれた福島政則もすぐに宇喜多勢と戦闘状態になった。両者間での激しい銃撃戦が続いた後、白兵戦に移ると正則の軍勢は押し戻された。やや西軍優勢ながら、一進一退の戦闘は2時間ほど続いた開戦1~1.5時間後の対戦状況
 開戦の発砲の直後、石田三成、小西行長らの陣から戦闘開始の狼煙が上がり、両軍入り乱れての激戦となった。中でも三成が陣を置いた笹尾山には黒田長政、細川忠興、加藤嘉明ら東軍の諸隊が猛然と襲い掛かった。笹尾山の陣地は竹矢来も二重に設置され実質主将の三成を6千の兵が守り、中でも参謀の島左近がついていた。
 開戦1時間ほど経過した午前九時頃、島左近が打って出ると、黒田長政と正面から衝突。その背後に細川忠興、加藤嘉明らが控え、数では圧倒的に不利だったが、左近は百人の精鋭を自在に操り、黒田勢を次第に押し戻した

 一時は窮地に陥った黒田勢も別働隊を率いる菅六之助が左近の側面から鉄砲を撃ちかけ形勢が逆転した。劣勢になり一旦左近も戦線を離脱した。勢いを得た東軍は黒田、細川、加藤に加え田中吉正、生駒一正が一斉に石田勢に襲い掛かり、笹尾山周辺が大混戦となった

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