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2014年7月 3日 (木)

争乱の戦国史134(織豊Ⅱ16): 滝川一益の関東鎮撫

滝川一益(タキガワカズマス)は、もと甲賀の忍者だったとか、鉄砲の達人だったとも伝わっているが、その前半生には謎が多く、よく判っていない近江甲賀の出身とされ、織田信長が尾張で勢力基盤を築き始めた頃に織田家の家臣となっている。
 一益は1574年(天正2)の伊勢長島の一向一揆攻略で活躍し、伊勢に領地を与えられて長島城主となった。また、武田家征伐の折には主将の織田信忠(信長長男)をよく補佐して、大きな功績を残した。

 1582年(天正10)、武田家を攻め滅ぼした功績を評価された一益は、上野一国信濃一部を与えられ、関東方面軍の司令官に任じられた。この時の一益の地位を「関東管領」と呼ぶこともある。信長配下の諸大名の内、主だったものを各方面の総大将的な任務を追わせて戦闘攻略全般を任せる方式を、信長が採りはじめた時期である。当然日本全体の支配・統治体制構築を念頭に置いてのことだったろうと推察される。
F134 一益に与えられた主な役割は次の3つが考えられる。先ず関東地方の国人たちを織田政権に組み込むこと北条家との友好関係をさらに強化し、最終的には織田家傘下に置くこと。、最後に、伊達家や蘆名家に代表される東北の大名たちと接触し従属させることである。は関東方面軍の支配地域と主な勢力・武将。

 北条家を始め
多くの大名たちは友好的で、一益の役割は比較的順調に進みつつあった。この時期、織田政権はどの大名にとっても巨大な脅威であった為、誰も積極的に対立しようとはしなかった、という背景もあったと思われる。

 しかし、この一益の工作が完成する前に、中央で、本能寺の変が起きてしまう。そのため、信長の全国支配体制の一端である、織田家の関東方面軍はごく短時間で消滅することになる。

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