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2014年4月20日 (日)

争乱の戦国史120(織豊Ⅱ02: 経済政策・楽市楽座

 信長の経済施策には土地面積、収量報告書による検地の実施、関所の廃止、京・堺などの商業都市の直轄化などあげられるが、有名なのは美濃加納と安土での「楽市楽座令」の発令である。尤も、楽市楽座は信長独自の政策ではなく、この時期、戦国大名が自分の城下町繁栄のため発令した例は少なくない。
 通説では、この法令は戦国大名や織豊政権が領国の統一と城下町の繁栄を図るために他地域からの商工業者が入込み、営業するのを保証したものである。これまでの独占的な販売権を承認された座商人の特権を否定し新しい自由な経済体制国内で確立するため出された政策が、楽市楽座令である。

 しかし、戦国大名や織豊政権がこの法令を発しながらも、一方座商人の特権を保護したり、城下町だけでなく地方市場や寺内町にも多く発布されている事に注目し、最近はこの楽市楽座を二系列に分けて考えられている。
 即ち、既に楽市場として存在してきた楽市の機能を保証するために出された「保証型」の楽市楽座と、このような形態を前提にして、信長の政策のような新城下町の楽市化による繁栄を目指した「政策型」の楽市楽座令の二つである。
F120  この見方で既に存在した楽市場を見ると、権力や主従関係などの世俗的関係から解き放たれる「無縁の場」であり、独占権でつながれた特定集団を排除した場であり、これを保証し政策的に作り出してゆく事が国の経済発展につながったのである。この「保証型」の楽市令は信長の美濃加納・近江金森の楽市令、後北条氏の相模・萩野市の楽市令等がある。これらの多くは寺社の門前市として存在し、役人権力を排除した「不入地」が多かった。(世田谷新宿の楽市令代表的な掟書
 勿論「政策型」の代表・安土の楽市は全く新しくできた楽市場で、美濃加納での楽市令と同じ文言「掟書」の制札が建てられたという。
 美濃加納楽市令は3ヶ条からなり、商人の往還の安全、屋敷年貢の他各種課税免除、市座の独占・座商人の特権否定、治安維持など極めてコンパクトに示した優れた制札だった。特に安土の場合は新城下町の振興策でもあった訳でである。 

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