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2013年10月 5日 (土)

縄文早期の猟犬

 佐賀市教育委員会が、同市の東名(ヒガシミョウ)遺跡の貝塚(縄文早期、約7000年前)から出土した犬骨の分析鑑定依頼していた、佐藤孝雄・慶大教授(動物考古学)が行った分析結果を発表した。それによると、ほぼ全身の骨が揃って入り、DNA解析で現在の柴犬などの遺伝子組み合わせと一致しており、犬の形質的特徴を縄文早期まで遡って議論できる最古の資料だという。又はの損傷具合から猟犬だった可能性が高かったという。今まで人類と共に生活した動物は馬と言われてきたが、犬も相当昔から飼育したようだ。本質的な人間の生活は縄文期からそう変わってないのかも。気温が下がり急に秋を感じている中に糸瓜がもう大きく成熟を始めたのを見た。

Photo  ヘチマ(糸瓜or天糸瓜)。インド原産。日本には江戸時代に渡来。実から繊維が得られることからイトウリと言われ、これが訛って「トウリ」となった。その「と」が「いろは」で、「へ」と「ち」の間にあることから「へちま」になったという。若い果実食用になり(沖縄)、成塾後は繊維が強く、たわしになる。
Photo_2  ヘチマの。花期7-10月。雌花と雄花に分かれ、同一株で受粉が可能(自和合性)。図鑑説明から、写真の左上のが雌花下二つは雄花のようだと推定(花の中心が異なる)。昔は成塾後、蔓を地上30㎝位で切り、容器に差し込んで置くと、ヘチマ水が取れたので、これを化粧水にしたり、飲み薬(咳止め、むくみ、利尿)や塗薬(あせも、ひび、あかぎれ)とした。

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コメント

ヘチマの花はまだ咲いているのですね!子供の頃は実を泥田に埋め、腐らせて”たわし”を作りました。また貴兄記述の”ヘチマ水”を1升ビンに受けてました。化粧水に使用は聞いていましたが、自身は何に使ったかは記憶にありませんが・・・・・。

投稿: 自遊人 | 2013年10月 6日 (日) 07時35分

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