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2013年7月27日 (土)

争乱の戦国史30 (室町Ⅱ20): 平安京の商工業都市化

 話が若干遡るが、1430年代京都の町の変化について見る。
 平城京(奈良)、平安京(京都)は古代国家の「王城の地」であった。天皇と貴族が政治を執行する政治都市であり、且つ大社寺が国家の安寧と秩序を祈願する宗教都市であった。
 ところが、室町幕府が京都に開かれ、多数の将兵が常時駐屯するようになると、消費人口が急増した。流入してくる物資も急増し、本来備わっていた。京都の手工業生産、商業活動は強く刺激された。
 最も顕著であったのは造り酒屋で、北野神社に残されている1425・6年(応永32・3)の「洛中洛外の酒屋名簿」によると、合計342軒が登録されている。そしてその大半が土倉(金融業者)を兼営しており殆どが市中北西部に集中していた。
F30_2 酒米の確保という点で、京都は地理的に都合の良い場所である。元々荘園領主の集まり住む場所なので、馬借(馬を使った運送業者)が運ぶ北国米や舟で運ばれる西国米など諸国の年貢米は皆京都に集まり、三条室町と七条に立てられた米国市場で取引された。(馬借(石山寺蔵)

 三条、七条の米場の権利を持つ四府駕与丁(貴人の駕籠・輿を舁く人が結成した座で、禁裏左右の近衛、兵衛の4府の座)は、上京を中心に散在し、薬・唐物・上布・綿・酒・味噌・そうめん・襖・材木・炭・銅・紙折敷・茜・紺など多数の商品を扱った。扇などは木工寮を本所とする座が独占し、掃部寮には紺灰座、図書寮には宿紙座が所属した。(:中世の商工業の同業組合で、貴族・社寺の保護を受け、商品の製造・販売の独占権を持った)
 八坂神社にも多くの座が所属した。下京を中心とする商人群で、綿・小袖・絹・袴腰・材木や魚・紺などがあった。手工業の座としては七条町の銅細工や銀細工、三条粟田口の刀鍛冶・釜座などがあった。
 商工業の発展により、京都は以前に比し大変な賑わいを見せ出したのである。

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