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2013年5月16日 (木)

争乱の戦国史12(室町Ⅱ02): 東国の国一揆

 1417年正月(応永24)、禅秀の乱は鎮圧され、首謀者以下主だった豪族などは滅びたが、無傷で生き残った武士団がある。反乱の途中で持氏側に寝返った武州南一揆などに代表される一揆衆である。
F_1   最初は藤家一揆・白旗一揆・平一揆などという同族連合体として決起したが、この頃になると上州一揆・武州一揆という集団つまり血縁に関係ない国人同士が地縁的な利害関係でまとまるようになった。(上図参照)
F122  その理由は、下からの年貢を引き下げようとする農民上からの臣従化を強制する公方や管領に対し、国人(地方の地元の領主たち)は同じ立場の者同士の地縁的結合の強大化を図り、自己防衛を始めたのである。
 国人たちは、公方足利や管領上杉に対して絶対服従はせず、又農民層に密着する訳でもなく臨機応変緩急自在に動いた。禅秀側についた武州南一揆が、途中で持方(関東公方)に寝返ったのが代表例である。誰にも束縛されず自由に伸びることが出来る戦国乱世の到来である。(下図参照)
 関東の在地領主層(国人)の武士が戦国大名への道を歩み始めた段階であり、彼らの力戦国時代の幕を開けた大きな要因である。

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コメント

これはおもしろい!
利害関係でまとまる単位が変わり、誰にも束縛されないように力を付けていく過程が戦国時代の始まりだったのですね!
規模や内容は違いますが、同じようなことを人間は繰り返しているんでしょうね。

投稿: Y | 2013年5月16日 (木) 10時19分

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