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2012年11月28日 (水)

倭国の興亡163: 古墳の終焉 高松塚・キトラ古墳

 7世紀末、仁徳陵で前方後円墳の最盛期を迎えた古墳文化も、それ以降、巨大古墳の意義を失い、小型化が進み、畿内では天皇家の陵(ミササギ)以外は、単なる墳墓となって古墳文化は終焉を迎えた。
 この時代、古墳終焉を飾るに相応しい鮮やかな彩色壁画を持つ2つの古墳が飛鳥地方に築造された。
 一つは4人の女性を描いて壁画で有名な高松塚古墳であり、もう一つは世界最古とも云われる天文図が描かれたキトラ古墳である。両者ともに明日香村に在り、1kmほどの近さに存在し、形態や造りが似通っている。
163  先ず高松塚古墳
1972年に発掘調査が行われ鮮やかな彩色壁画が一大ブームとなったのは記憶に新しい。7世紀末築造されたと見られる径14mの円墳である。被葬者は天武天皇の皇子説など諸説ある。石室内部は4面の壁及び天井に、日、月、星宿図、四神図、女性人物壁画(写真図)が描かれ、唐の海獣葡萄鏡など副葬品が出土し、又唐風男子像から唐文化の影響が見られるが、星宿図、夫人像などは高句麗古墳壁画との繋がりもあり注目される、特に婦人図は高句麗壁画に酷似している。高句麗の画師集団が築造に加わったとの見方もある。壁画の劣化が著しく石室ごと取り出し修復された。
163_2  ついで、キトラ古墳
築造、被葬者共にほぼ高松塚古墳と同様とみられる。埋葬施設は切石組の横口石槨である。石室の壁は四神図と十二支を表した獣面人身像、天井には東に日像、西に月像を配した天文図が描かれていた。
 
白虎写真図)は西方七宿の象徴で、西壁に描かれている。又玄武(亀の図)は北壁に描かれ、北方七宿の象徴である。宿星を象徴する4つの動物は(青龍図は破損していた)、虎、鳥(朱雀)(日本では初の発見)、(玄武)である。高松塚同様カビなどによる劣化が著しく、修復・保存のため壁画ははぎ取られた。

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