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2012年10月28日 (日)

倭国の興亡155: 天皇の出現と”日本”への変遷

155_3    壬申の乱を制し、その貴種性とも相まって大王・天武の権威はいやが上にも高まり、この新たな英雄を神聖視するようになった。
 万葉集に、「大王は 神にしませば 赤駒の腹這(ハラバ)ふ 田居を 京師(ミヤコ)と成しつ(大伴御行作)(写真)、「大王は 神にしませば 水鳥の すだく水沼を 皇都と成しつ」(詠み人しらず)の2首に詠われた如く、乱後の天武はもはや「神」と崇められる存在となった。新しい神的権威を有する君主の誕生なのだ。
 天武は律令国家の建設を先頭に立って推進するカリスマ的政治指導者であり、新たな政策をその神的権威で自ら実施、正当化する政治的な神なのである。

 「天皇」の称号は天武の尊称として使われだし、次の持統朝に於いても、単に天皇と言えば天武天皇個人を指していた。飛鳥池遺跡出土の木簡にある天皇の文字(写真)も天武を指したものであるとされている。
 これを君主号として使用するようにしたのは、天武没後の持統朝に浄御原令の制定と共に法制化されてからなのである。
155_5   「天皇は」は中国の道教の神で、北極星を神格化した「天皇大帝(テンコウタイテイ)に由来する。しかし、天皇に係る神話や理念では道教の影響は希薄である。むしろ天皇は太陽神である天照大神の子孫とされる。天照大神は太陽神であり、且つ天つ神(天上界の神々)の至上神であるので、天と日を統合した神格を持っているのである。
 「天皇」の和訓は「スメラミコト」であり、君主号の理念はこのスメラミコトに結びついている。スメラは「澄む」に由来し、スメラミコトは政治的・宗教的に聖別された神的超越性を言い表す特殊な尊称として定立された(西郷信綱氏)とされる。

 天武朝には「日本」という国号も定められる。日と日神=天照大神で、日神の子孫である「日の御子」が統合する国という意味で日本という国号が定められた。日神の真下にある国の意であり、王権神話に裏打ちされた日本的中華思想の産物である。対外的には704年遣唐使が唐に入国の際、初めて「日本国」を名乗っている

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