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2012年10月23日 (火)

古代、大宰府防備は白村江前か

 古代、半島の百済より救援要請を受け、倭軍は白村江の戦いに赴き、663年唐・新羅連合軍に敗れる。以降列島への進攻を恐れ、中大兄(天智天皇)は大宰府防備のため、水城、基肄(キイ)城、大野城(四王寺山)を665年に築き、又都を大津に移した。
 ところが、最近この大野城の城門跡の柱根発掘調査で、X線CT画像の最新技術で測定した結果、伐採年代が、650年頃と判明した。即ち、大野城の門柱は白村江の戦いの15年前に伐採されたコウヤマキ(直径45cm)なのである。白村江前にどこかに用いられていた材を移築したか、或は白村江以前に既に大野城はあったのか。間違いなく650年に伐採されており、651年に新羅の使節が筑紫に来た際、いま新羅を討つべしの論があったと日本書紀にあるという。即ち650年頃から戦闘準備が始まっていたと言う説が出ている。やはり古代の事は判らないことが多い。
 ところで、急に秋が深まりつつあることを花々が教えてくれる。白い花2つ。
Photo  シュウメイギク(秋明菊)。中国からの帰化植物。今流行りなのか、彼方此方で真盛りである。今は園芸種が出回り、色も濃~淡ピンク、紅紫などがあり、八重もあるが、この一重の白が一番いい
Photo_2  サザンカ(山茶花)。椿との区別はつかないが、今頃だから山茶花だろう。それにしても最早咲く頃かと、時の移ろいの早さを感じる。花の少ない頃咲く山茶花は得な花だ。

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コメント

もう山茶花が咲きましたか!

投稿: 自遊人 | 2012年10月23日 (火) 20時01分

山茶花は綺麗ですね!
でも、この葉はチャドクガ等の毛虫が好みますので、充分ご注意を!

ところで今朝の朝日新聞に「邪馬台国」の研究会や討論会が全国で行われている特集が掲載されていました。
調べれば調べるほどはまっていくとか。
古代のことは分からないことが多くて、また魅力なんですね。

投稿: Y | 2012年10月24日 (水) 12時31分

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