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2012年5月28日 (月)

倭国の興亡119: 乙巳の変

 蘇我入鹿の専横振りに憤慨していた中臣鎌足が、王族に君主と仰ぐに相応しい人物を求め、目につけたのが中大兄皇子である。中大兄は、舒明・皇極の間に生まれた皇子で、次期大王の候補として血筋的には申し分なかった。が、蘇我氏が後ろ盾になっている異母兄・古人大兄皇子がおり、このままでは王位は巡ってこない。
119_2   鎌足は蹴鞠を通じて中大兄に近付き、二人は意気投合して、他人に怪しまれぬように南淵請安のもとに儒教を学びにゆく道すがら、蘇我氏打倒の秘策を練った。鎌足は蘇我氏傍系の蘇我倉山田石川麻呂を仲間に引き込むため、その長女を中大兄の妃に迎えようと提案し、喜んで同意したので婚約を決めた。ところが長女が蘇我日向に連れ去られたので落胆・途方に暮れたが、次女の越智娘(オチノイラツメ)が「心配しないで、私が代わりに行きます」といった。(図は入鹿斬殺の場
 こうしてクーデターの主要メンバーを決め、645年6月中大兄皇子は石川麻呂を呼び、「三韓進調の日」(韓三国が倭王に貢物を献上する)の儀式にかこつけ、クーデターを決行、入鹿を斬殺する計画を伝え、石川麻呂に「三韓」の国書を大王の前で宣読する役を依頼した。
 当日入鹿も出席して儀式が始まったが、切り込み役の佐伯連子麻呂が予定通り来ず、石川麻呂は冷や汗が出て、声が震えた。入鹿に咎められたが、大王の前で緊張したのでと取り繕った。
 子麻呂たちが気後れしたのを見て、中大兄が声を上げ切り込むと、子麻呂らもそれに続いた。先ず中大兄が入鹿に斬りかかった。驚いている入鹿に子麻呂も足に斬りつけ、入鹿は逃げて命乞いをした。何も知らない皇極天皇は驚き何事かと中大兄に聞いたので、「入鹿は大王家を滅ぼし、王位を傾けようとしている」と訴えた。皇極はそれを聞いて、殿中へ入った。我が子のクーデターを黙認したのである。子麻呂らがとどめを刺した。この事件を「乙巳の変」という。

 中大兄は、王族・官人たちを率いて飛鳥寺に入り陣をしき、蝦夷方の反撃に備えた。蘇我氏の私兵的存在であった東漢氏は軍陣を設けたが、高向国押の説得で残念した。進退窮まり蝦夷は自邸で自刃した。

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コメント

アジサイがそろそろ色づいてきましたね!

投稿: 自遊人 | 2012年5月30日 (水) 15時41分

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