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2012年2月22日 (水)

倭国の興亡97: 中央有力豪族の支配-氏姓制度

 6世紀前半、倭王権の地方支配体制が出来上がり、それが王権に直接仕える中央の有力豪族の在り方を大きく変えた。氏(ウジ)姓(カバネ)の成立である。
 ウジとは、蘇我・物部・大伴などの、主にヤマトとその周辺に拠点を置く中央の氏族集団の事である。同族集団であると同時に、王権と政治的関係を持ち軍事・祭祀・特殊技能に関係するツカサ(官)で、王権の政治組織でもあった。
 ウジは在地に農業経営の拠点であるヤケ(宅)と隷属民であるヤッコ(奴)を保有し、王権への奉仕の見返りである部=カキを所有して経済基盤をもった。カキは国造制による支配機構に組み込まれたので、王権に依存しながら経済基盤を強固にして、土豪的存在から脱皮したのである。
97_2  更に、王権の職務分担の発展を示すのがカバネ(姓)である。カバネはウジのあとにつく臣・連・君・造・直・首(オビト)・史(フヒト)などの称号であり、蘇我臣、物部連などと表され、ウジの王権内での政治的地位を示す。カバネは6世紀初め頃から使用され、当初はツカサに就いた者だけが称したが、ツカサが継承され、特定の職名的称号を継承する傾向が生まれ、やがてウジと一体的に用いられ、父系に継承された。(図は各ウジの本拠地
 6世紀の倭王権の中枢部を構成したのは、だったが、前者蘇我・和珥・平群・巨勢・阿部のように本拠地のヤマトの地名を氏としており、例外は吉備臣・出雲臣ぐらいで、倭王権の同盟メンバーである。後者は王権の内の職務による、大伴氏(=トモを統括)、物部氏(=武人のモノノフ)、中臣氏(=神と人の中ツ臣:祭祀)、土師氏(=埴土(ハニツチ):埴輪つくり、墓陵管理)などである。

 6世紀の倭王権中枢は大王のもとに大臣・大連の執政官が置かれ、重要事項はそれに大夫(マエツキミ)が加わって合議された。大夫とは大王の御前に控え、大王から命令を伝えたり、逆に臣下の申請を大王に取り次いだ。大夫も殆どがヤマトを本拠とする氏族から出ている。
 このように6世紀の段階の倭王権の支配システム中央の職務分掌組織を構成するウジと王権の地方支配機構としてのミヤケ制・国造制・部民制であった

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