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2011年2月21日 (月)

倭国の興亡12: 古朝鮮・建国神話から実在の国へ

 前回、中国史書による古朝鮮を紹介したが、今回は韓国の史書を見よう。正史の『三国史記』(12世紀選進)は中国史書の引用などで、ある程度正確とされるが、4世紀以前の古代は不詳である。そこで、唯一の古代朝鮮を載せており、正史の補完的史書の『三国遺事』を見ると、
 「天帝の子・桓雄(神人)が人間を救うため、太白山に天下った。そこにいた熊が桓雄の諭によって人間になり、桓雄の情けを受けて生まれたのが、最初の君主の檀君王倹である」とされている。神檀樹を神の憑代(ヨリシロ)とする呪術信仰に基づく説話であるが、日本にも影響したとされる降臨神話である。この檀君が阿斯達(アサダル:遼東にあるとされる)という処で、紀元前2333年に国を開いたのが始まりとされている。

2  「檀君本記」によると、紀元前12世紀頃、中国の武王が箕子を朝鮮王に封じたので、檀君は隠栖して山神となり、「箕子朝鮮」が誕生したとある。勿論箕子の実在性は疑問であるが、BC4世紀に朝鮮という国があって、前回にも記したが、本拠地は平壌にあった(通説)とするが、新説では遼東方面にあったとする。図は前4世紀の箕子朝鮮所在地をしめす。

Photo_3  BC3世紀前漢成立の頃、遼東方面の燕国の王が追われ匈奴に逃れると、燕人の衛満は郎党を引連れ東方の朝鮮に亡命し、「衛氏朝鮮」を建てた。ここまでを一般に古朝鮮という。檀君朝鮮及び箕子朝鮮の実在は極めて疑わしく、神話の域を出ないが、衛氏朝鮮は間違いなく実在したといわれる。
 衛氏朝鮮は
BC108年前漢・武帝の楽浪郡設置により滅ぼされ、古朝鮮は滅亡した。武帝はさらにその北の満州・撫順に玄菟郡、半島北東部の永興に臨屯郡、西海岸に真蕃郡を置き朝鮮全体を直轄地とし、役人支配の郡県制をしいた。
 しかし、現地の小首長層の反発で、
BC82年に真蕃・臨屯は廃止、玄屯東岸部は放棄され、後漢になると楽浪郡の支配地は縮小する。

 衛氏朝鮮は朝鮮半島で領土拡大に努め、中国から多くの移民を受入れた。この時、漢民族に土地を追われた人々が北九州に移住し、弥生人となったのである。 

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コメント

なるほど。弥生人のルーツはよく解りました。
しかし、古代朝鮮について唯一の記載がある『三国遺事』の内容はおもしろいですね。
多分、聖書なんかにも同じような描写があるんですよね。
歴史っていうのは本当に興味深いものですね。

投稿: Y | 2011年2月22日 (火) 09時56分

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