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2011年2月17日 (木)

倭国の興亡11: 中国史書の古朝鮮

 日本の縄文期の朝鮮半島には未だ国家は存在せず、日本列島と同じく、集落やその集合体の小さなクニは存在した(遺跡発掘による物証)が、部族間の融合や統合は未だ進まず、”国家”まで成長してない状況であったと推定される。
 ところが、古代朝鮮ともいわれる古代国家が存在したとの神話伝説は別にして、比較文献学上、中国の史書・古典には古朝鮮の存在が確認できるものが二つある

Photo  その一つは西暦前1000年初頭、殷・周政権交代の動乱期、最後の殷帝・取辛王紂の叔父の箕子が興したとされる「箕子朝鮮」。もう一つが、西暦前195年、西漢台頭の初期、沛公・劉邦の妃・呂后の功臣除戮の難を逃れた衛満が箕子の後裔箕準を裏切り、漢民族を根幹として興した「衛満朝鮮」である。
 朝鮮建国神話では、箕子朝鮮の前に、檀君王倹という”神人”が国を興したとする神話を含め「古朝鮮」とされることが多い。神話ではその本拠地は北部朝鮮の平壌であるとするのが通説である。尚、「朝鮮」が現朝鮮半島に適用されるのは14世紀に半島が統一されてからのことで、古朝鮮とは全く別である。

 ではその古朝鮮は何処に存在したか。これも中国史書から見てみると、「史記三注本」の『史記集解』に次ぎの記述がある。
 「朝鮮に湿水、洌水、汕水あり、三水合して洌水となる」
 即ち、「古朝鮮」には洌水があるというのである。この洌水の所在地は『後漢書郡国志』「列は水の名、列水は遼東にあり」と、また、『資治通鑑』の「漢記」には「列口、県名なり、列水の河口は遼東にあり」と。列と洌は往々にして混用されるそうだ。
 これから、遼東方面を見ると(地図参照)、三水合して「洌水となる」河は「太子河」であり、合流するのが「遼河と「渾河」であることがわかる。
 尚、「漢書地理志」に列水の記載あり、起点や全長なども太子河に合致するそうである。このことから「古朝鮮の所在地」は従来の通説・平壌とは異なり、最近の新説では、遼河以東・太子河一帯地区に存在していたという。
 尚、建国神話と従来の定説は次回に紹介する。

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