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2011年1月15日 (土)

倭国の興亡3: 序論2 弥生人の人種と語族

 縄文時代に日本列島に渡来した「縄文人」は、シベリヤ方面からと南西諸島伝いの南方型が多かったという。
 その後、縄文末期から弥生にかけて、南方方面やヒマラヤ山脈から中国南部に住んでいた「倭人」の集団が海を渡って直接或いは朝鮮半島経由でやってきたのが「弥生人」で、従前と異質の「弥生文化」をもたらしたとされている。

 このことは血液型からも判る。東北地方ではB型、O型が多いが、西日本ほどA型の比率が高く、海辺に住む人はB型が多いという。この傾向は近畿地方から西日本に行くほど朝鮮人の型に近くなっていることと無関係ではない。即ちO型の多い縄文人が、弥生人に追われて東に移動した証拠と考えられる。
 頭蓋骨の分類では、白人は長頭、日本人は中頭、朝鮮人は短頭である。弥生人が多く移住してきた瀬戸内から近畿にかけては短頭の人が多く、弥生人には韓人がかなり混じっていることがわかる。
 人種判別法に「B型肝炎ウイルス」比較法というのがあるそうだが、それによれば現在の日本では南方型が南西諸島や沖縄では89%と最も高く、九州から近畿では10~20%と低く、本州では秋田県が最も高いそうである。これからも、圧倒的に南方系が多かった日本列島が、北方型の弥生人によって、縄文人が北に追いやられたというのが通説である。

 次に日本語と朝鮮語の相違点と類似点を見ると、双方とも同じウラル・アルタイ語族といわれながら、相違点が多く、日本語は「世界に稀に見る孤立性の高い言語」だといわれている。
 共通点は語順が同じで、冠詞や語の性別や単複数の別が無いこと等あるが、発音が著しく違っている。更に基礎的な共通単語が余りにも少ないことから、異系統の言語説の論拠にもなっている。
 ところが、近年朴炳植氏、金思燁、李寧熙氏等の学者は、多くの日本語は古代朝鮮語に由来しており、純粋なヤマト言葉もかっての伽耶国(慶尚南北道)の言葉だという。
 個々の単語は半島からの渡来語だけでなく縄文期から列島内部で使われた言葉も一杯あり、それに南島方面や東南アジヤからも伝わって、混成、合成された複合語であるのは間違いない
 

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コメント

ふ~む・・・・。縄文人は弥生人に追いやられたということですか?
となると縄文人と弥生人は、そもそも別の人種ということなのかなぁ? そう考えると、自分はどっちなんだろうって考えてしまいますね。血液型で判別すると・・・・・。
しかし、言葉の問題はおもしろいですね。なぜそうなったのか不思議です。
言葉が混じり合って変わっていくなら、未来の日本語はどうなっていくんでしょうね。

投稿: Y | 2011年1月17日 (月) 10時01分

言葉はやはり変わってゆくでしょうね。特に最近の如くグローバル化が進むと、英語化する日本語、日本化する英語どんどん増えて、国境の壁が低くなるにつれ、言葉の共通化が進むんじゃないでしょうか。そんなことを考えていると、あと100年ぐらい生きてみたいですね。

投稿: 山猿 | 2011年1月17日 (月) 16時54分

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