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2011年1月27日 (木)

倭国の興亡6: 日本民族の起源

Photo  400年前にアフリカで誕生した人類の祖は170万年前の寒冷期を過ぎて、その一部がインドを経てスンダランド(図示)に来た集団がある。間氷期には一部は海没し現状の地形になったが、80万年前陸続きだった頃から北へ移動し始め、大陸にいた先住者を更に北に追いやり、北京周辺に定着した。京原人である。
 これら北に追われた旧石器時代の「原人」たちは大陸と地続きだった列島にも渡来し、海没後の列島内での狩猟・漁猟の遊動・魚労の遊動民となった。
 更に、この北上した新人類達は東流し、南下してアメリカインディアンとなった。これは、遺跡の石器類や貝加工品から裏づけられている説である。
Photo_2  4万年~3万年前の旧石器時代の石器や貝などの遺跡出土品で、人類が列島内で生活を始めたことは明らかである。これらの人々は図示の如く、色んな方面から列島に到来し、多様で異質な文化の複合・重層により、「日本民族」を形成した。日本語は北方アルタイ語系と南方マライ・ポリネシア系の複合であり、日本神話はユーラシア大陸的要素と環太平洋海洋民族的要素の複合の現れだとも言われている稲作民の農耕儀礼、北シャーマニズム稲作と照葉樹林の焼畑農耕の重層などがそれを示す。

 石器時代(3万5千年前)になると、列島には石斧、台形様石器、ナイフ形石器など固有の道具類が誕生し、から独立した文化圏を形成した。その後も更に地域性が明確になり、約2万年前には地域により異なる石器が発達した。
 期後半には団生活も行なうようになり、離合・集散しながら遊動生活をした。またかなり言語も使ったといわれる

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コメント

本土日本人と沖縄県民(琉球民族)は「縄文人」と「弥生人」との間に産まれた混血民族です。Y染色体ハプロタイプでは、
●縄文人:DE系統D亜型D2A (今から3万年前より日本列島にいた先住民)
●弥生人:NO系統O亜型O2B1 (今から約3000年前に日本列島に渡来)
と推定されています。本土日本人は、Y染色体ハプロタイプでは「DE系統D亜型D2A(約40~50%)」と「NO系統O亜型O2B1(約22~30%)」「NO系統O亜型O3(約15%)」による混血(ハーフ)です。「DE系統D亜型D2A」と「NO系統O亜型O2B1」は、世界中で「沖縄県民(琉球民族)」と「本土日本人」しか持っていません。中国人は「NO系統O亜型O3」、朝鮮人は「NO系統O亜型O2B*/O3」となり、基本的に「NO系統O亜型」しか持ちません。「DE系統」としては他に「DE系統E亜型」があり、アフリカ、中東、南ヨーロッパに分布する民族となります。日本人の混血の約半分を占める「DE系統」はいわゆるモンドロイドではなく、特徴の一つとして、立体的な顔が上げられます。日本人と「朝鮮人、中国人」で異なる点として、「個人差はあります」が、多少彫りのある顔、多少濃い髭、目が長くなく丸い、耳が離れている、顎がするりと丸い、子供っぽい容貌等は、「DE系統D亜型D2A」由来と考えられます。(アイヌ人(D2*)、沖縄県民(琉球民族:D2A)は本土日本人より更に「DE系統D亜型D2」の比率が高くなります(アイヌ人は88%、琉球民族は58%)。また、容貌が日本人と似ていると言われる、羌族などのチベット人は「DE系統D亜型D1/D3:両方足して48%」と「NO系統O亜型」との混血です。今から約68000年前のアフリカにおいてDE系統DEからDE系統Dが分岐、また約38000年前の東アジアにおいてDE系統DよりDE系統D2が分岐したと推定されています。チベット人のD3は数はD2より上ですが、分岐年代が一番新しいのはD2の方となります。参考までに、主に中国人など東アジア一般的な「NO系統O亜型O3」の分岐は、今から約25000~30000年前と推定されています。DE系統とNO系統は、極めて遠い民族同士であり、20万年と言われる現世人類(サピエンス)の歴史の中で、10万年以上さかのぼらなければ接触点がありません。)

投稿: yamamoto.shinji | 2013年1月24日 (木) 23時50分

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