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2010年9月 5日 (日)

古代史の謎:終章

 このシリーズも108回となり、人間の煩悩の数といわれる除夜の鐘と同じ数になったのと、記事の内容もちょうど「古代」を終り、中世に入りますので、これを以て終わりと致します。

 長らくの御視読有難うございました。古代は実を申しますと、文献史学といわれる分野での研究や論争が盛んですが、物的証拠と対応した文献資料は少なく、神話や口称伝承に拠ることが多く、大学の研究所や研究室による専門学者の意見から、市井の古代史愛好家まで、各種各論が吐かれており、未だ判らないことばかりです。
 従って、古代史の謎というより、「古代史は謎ばかり」といえるでしょう。
 特に日本では戦前の皇国史観が全面否定されても、それに変わる真実の古代史はあまり研究されていなかったので、未だに「日本書紀」が古代史の骨格をなしている部分が多いようで、「神話的」部分が削除されただけで、何も判っていないのが現実です。

 考古学の分野で、土木工事などに伴って偶然に発掘された遺跡や遺物で、古代の生活ぶりや集団生活の様子が垣間見れるようにはなりました。その結果、縄文末期には既に定住生活をしており、又弥生期には大陸、半島との行き来もかなり活発にあったようで、集落程度の「クニ」は相当早くからあったようです。それが成長し、首長が王になり国が形成されだしたのいつ頃からか、更にそれを統括する大王が誕生して国家らしくなったのいつごろで、国の境界はあったのか、あったとすればどの辺りまでが「倭の国」といえたのだろうかなど、謎は深まるばかりです。

 そんなこともあり、「古事記を読む」から始めたこの古代史シリーズも、次回は「倭の国」とはいつ頃生れ、いつ頃消えた(「日本」に発展解消した)か、その場所・範囲とは何処までを言ったのか。など倭国の誕生とその盛衰について、出来るだけ新しい論を参考に、余り学術的でなく、面白い内容に綴ってみたいと思っています。乞ご期待!

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コメント

はじめまして、
古代史は歴史学を筆頭に人文社会学の妄想ばかりです。

日本の古代の明確な多くの物証があります。
記紀や風土記に書かれた事物間には明確な相互関係性があります。
歴史事物の位置間の実在の検証確認できる位置関係は
史実の物証です。
人文社会学は百数十年見出せませんでした。

一度たずねてみてください。

http://plaza.rakuten.co.jp/susano00kuni/

大国大東

投稿: 大国大東 | 2010年10月18日 (月) 00時02分

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