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2010年8月18日 (水)

古代史の謎105:武士の萌芽、将門の乱

Photo_2  藤原一族が中央で権勢を誇っている頃、律令体制崩壊の兆しが現われた。地方に赴任したままで土着した受領(ズリョウ)の末裔達は、開墾や荒地の再開発を行い生産拠点を拡大、有力農民や土豪と結託し、支配網を拡大していった。

 寛平元年(889)桓武天皇の曾孫、高望王は平姓を与えられ上総介として東国に下った。その子の良持(ヨシモチ)は鎮守府(岩手・水沢市)将軍となり、一族も国の長官を歴任した。良持の子が将門であり、天皇の血を引き且つ武芸家に生れたのである。
 将門は父の遺領を継ぎ、承平5年(935)に前常陸大掾・源護を打ち破りその所領を没収。引き続き、武蔵国での内乱で救い求められ、常陸国府を襲撃した。そんな折、この内乱に呼応するがの如く、瀬戸内海賊の首魁・藤原純友反乱した。引き続き下野、上野を攻略し、八ヶ国を制圧後自ら「新皇」と称した
 殿上会議で、西海(純友)は懐柔し、東国(将門)を軍事制圧する政府方針が決まり、将門は翌天慶3年(940)4000の軍勢を整えた藤原秀郷。平貞盛の征討軍に責められ、藤原秀郷に首を討たれ壮絶な最後を遂げた

 武士階級が芽生え始めた時期の反乱であるが、この時、将門が目指したものは何だったかが未だ以て謎のままなのである。
 坂東の自主独立政権だったとか、或いは新たなる朝廷の創設だったとかいろんな説があり、「新皇」即位の詳細も不明だという。新しく誕生する武士階級による時代への転換期で「早すぎた英雄」とも称され、将門にかんする小説も多い。(写真は東京大手町にある将門の石碑)

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コメント

この間ニュースでやってましたが、最近はゲームの影響かどうか分かりませんが、武士ブームらしいですね・・・・。
そういえば、自分も小さい頃、空想の世界で遊んでたような気がします。歴史モノで最初に憧れたのが、この平将門でした。
他に好きだったのは源義経、楠正成、上杉謙信、真田幸村でしょうか。
ちなみに将門の首は光ながら関東に向かって飛んでいったという伝説がありますね。それだけ影響力のあった武将だったのでしょうね。

投稿: Y | 2010年8月19日 (木) 10時13分

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