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2009年6月

2009年6月28日 (日)

早朝ウオーキング

 これまで昼食後歩いていたが、昨日から早朝ウオーキングに切替えた。
 ウオーキングは何時がいいか、色んな説があるが、歩く目的によって歩き方が違ったり、歩く時間帯も変るようだ。

 私は体脂肪を減らす目的で歩き始めたので、「食後歩けば、食べたものが肝臓に吸収され脂肪に変化する前に消費するから、体内蓄積しないので良い」説を信じている。
 理想的には「夕食後歩けば食べたカロリー源は消費してしまい、夜間の体内蓄積をしない」を信じている。
 しかし、夜間は物騒であること、晩酌後は何となく歩きたくないなどの理由で、昼食後に歩いている。

 ところが最近のこの暑さ。かえって体に良くないと思い、早朝ウオーキングに切替えた。カロリー問題は1日間の摂取量と消費量のバランスの問題であり、摂取や消費の時間帯など問題でない。だから、「いつでもいいから、食べる量を減らし、カロリー消費を増やすよう心がけるべし」というトータルバランス論に拠った次第である。

 そんなことより早朝に歩くと、夜が明けたところで万物が目覚め、太陽が昇ったところで木々や山々が生き生きとしている感じがし、出会う人々も勿論朝だから元気で「おはようございます」の挨拶が気持ちがいい
 何より、朝歩くと、頭の回転がいいのか、新鮮な考え方や方策を思いつくことが多い。勿論帰ってシャワーを浴びての朝食も旨い。これで、元気に1日がスタートできる次第である。

 尚、この季節、朝早く夜が明ける。よって、夏の季語「明易し」がある。余り目に掛からない季語であるが、今朝の毎日俳壇に載った俳句を引用しておく。
  特選句明易しどこもかしこも代替わり (小栗たゑ)
  選句  :山鳩の遠く啼きやむ明易し (山本淑夫)

 

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2009年6月27日 (土)

古代史の謎11:「縄文期」観が激変

 佐賀吉野ヶ里遺跡で沸いた古代史ブームは、更に古い縄文期の、径1mを越える木柱のある巨大規模集落「三内丸山遺跡」青森市)発掘で沸騰した。

Photo  この遺跡は縄文前期から中期(約5,000年前)のもので、出土物からみて、約1,500年間続いた定住集落とみられている。この時代にこのように進歩した縄文文化が存在していたことは大変な驚きであり、それまでの古代史観を一変させた遺跡なのである。

 盛土遺構で、大型掘立建造物、大型住居、土器、木製品、骨角器、動物遺体などありとあらゆるものが出土し、よく「縄文博物館」と評されたものだ。
 又、ヒエや栗の栽培も行われ、農業が始まっており、酒を醸し、薬用品も作られていたらしく、少なくとも100戸、500人以上の集落であり、想像以上の豊かな、安定した生活が営まれていた。420mも続く集団墓もあり、原始的な宗教観も生まれていた。

 多くの石器類では、黒曜石は北海道以外、霧ケ峰(長野県)、佐渡(新潟県)、月山(山形県)があり、ヒスイは糸魚川(新潟)が殆どであるが、この時代の交流交易の広さは驚きである

 この進歩的な史跡が何故寒冷地の青森に?という驚きと言うか、謎は実はこの時代可なり温暖化が進み、青森も暖かかった筈なのである。

 

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2009年6月26日 (金)

関西に行った

 所要で3ヶ月ぶりに関西に行った。
 元々関西人でありながら、長く福岡で生活していると、列車が関西圏に入り、急に車内がざわめき、関西弁が耳に入ってくると、何故かほっとする。関西人のDNAを持っているので、何時までたっても変らないのかも知れない。

 しかし、一方で関西人特有の奔放さと言うよりも、身勝手さや厚かましさに腹が立つときもある。順番に並んで待つことをしない(平気で割り込む)。最近の電車の座席は凹凸がつけてあって、ちゃんと座る場所がきめてあるに関わらず、立っている人がいても、平気で二人分の場所に跨って座って席を開けようとしない。大声で話し、周りの迷惑を斟酌しない。エスカレーターは東京や福岡と反対に右側に並ぶが、平気でど真ん中に立ち、急ぐ人の邪魔をする等等。

 又、阪神大震災で建物がすっかり建て代わり、道路も整備され、町並みも非常にすっきりとし、気持ちのいい街に変った。この辺は東京の下町よりずっと綺麗で清潔感もある。
 しかし、何となく昔の泥臭さがなくなり、気持ちをほっとさせる要素が減ったような気もする。

 そんなことを思いながら、1泊2日の旅を終え帰ってきた。

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2009年6月22日 (月)

古代史の謎10:祭祀巨大集落跡

0022  町田市、特に多摩丘陵には遺跡が密集している。その中の忠生遺跡(町田市木曽町)は縄文中期(紀元前2,000~3,000年)のものといわれるが、次のような特異な遺跡として注目されている。

 先ず150軒余の住居跡(竪穴住居や掘立柱建物など)が直径140mほどの半円状に分布していることである。このことから、300軒余の住居を、円環状に配置構成した巨大集落だったと推定されている。

 又出土物が特異であり、100固体以上の土偶、新潟産ヒスイ原石、大珠(装身具)、水晶、2mもの彫刻をした石棒(砕かれている)などである。土偶は女神像、石棒は男根、装身具は呪術用具であり、この集落が祭祀遺跡としての機能を持ち、周辺集落を束ねる中心機能を持った特異な集落跡と見られる謎の遺跡である。

 尚、この遺跡は高尾山の南東麓にあり、高尾山を霊峰として仰ぎ見る広場であったと推定できる。

 

 

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2009年6月21日 (日)

土星の輪が消えた?

 昨夜から今朝まで、珍しく梅雨らしい雨が降った。貯水率8%となった北九州の水瓶である「油木ダム」の水位は改善されたであろうか気になる。
 と言うのも福岡は今週は略毎日雨マークの予報だが、今朝から早くも雨はあがっているからだ。

 ところで、昨日夕刊に「消える土星の輪」なる記事が載った。土星の輪は氷粒が寄ったものだそうだが、複数の輪から出来ており、幅は広いものは2万5,000キロあるが、厚みはわずか数十メートルしか無いそうである。
 土星は30年かけて太陽を一周するが、この輪が土星の軌道に対して27度傾いているため、地球から見ると15年周期で輪の傾きが変る。
 
その土星の輪の傾きが地球に対して真横になる、即ち一番薄い輪となるのが今だそうで、今月末ぐらいまで、晴れた日の夜8~10時ごろ西南の夜空に輪のない土星が観測できるという。次回は勿論15年後。但し、肉眼では無理で天文台か、各地の「星の文化館」などで見せてくれるところがあるそうだ。

 
 

 

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2009年6月20日 (土)

古代史の謎9:古代交流拠点

 鳥取市の上流にある大規模集落跡、智頭枕田(ちづまくらだ)遺跡縄文早期のもので、九州を除いて西日本最大規模の集落跡であり、縄文早期から弥生、奈良、平安時代に至る生活痕跡を残す複合遺跡である。これは出雲が古代先進地域であった証左であると言われている。

002  この遺跡の縄文中期末から後期初頭では、竪穴住居跡12棟を中心に、掘立柱建物跡、配石遺構、貯蔵穴などからなる集落跡が関心を集めた。
 石囲炉の中心に埋甕を沈めているのは東日本の遺跡に顕著なもので、東日本との交流があり、その影響を受けたと見られる。
 その他土器類も信州北陸或いは東北地方のものと同じ形が見られ、この地域が当時は東西交流の拠点であったことを伺わせる。

 尚、注目を集めたのは、男根状石棒が6点も採取されたことで、祭祀的なものと想定されるが実態は謎である。

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2009年6月18日 (木)

今年は空梅雨?

 10日入梅した日だけ雨が降ったが、北部九州はそれ以来好天気続き。昨日今日とは最高気温30℃を超えて、真夏並み。福岡北東部にある農用の「油木ダム」は貯水率10%を割った

 北部九州はこれから田植えが始まる。それなのに農用ため池の水が殆ど貯ってない。我家の近くの田も、田植え準備に田鋤きが始まったが、肝心の水が入れられてない。
 天気予報では来週から南海上の梅雨前線が北上と言うが、果たして雨を持ってくるか心配なところだ。

 関東のように水害が出るほど降っている所もあれば北部九州のように水不足のところもある。今日は福岡の朝倉市にある「三連水車」の通水式があった。
 あの地方は「筑紫二郎」と言われる大河「筑後川」が流れているが、その水位より水田の用水路の方が2mほど高い。よって1789年に作られたと言う国指定史跡であるこの「三連水車」で水を汲み上げるのだが、筑後川の水自体が問題になりそうだ。

 順調な降雨を祈るばかりである。

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2009年6月16日 (火)

古代史の謎8:最古の定住集落跡

 ”最古の”が続くが、「定住集落として」最古とされているのが、1997年に鹿児島県埋蔵文化センターが発表した、約9,500年前の集落跡「上野原遺跡」国分市川内)である。

0032  大規模集落跡で有名な「青森・三内丸山遺跡」より約4,000年古い最古の集落跡である。竪穴住居跡52ヶ所で勿論三内丸山ほどの規模ではないが、連結土抗(燻製設備)、集石遺構、土抗、土偶、道跡などのほか、壷形の埋納土器祭祀施設も備え、初期の集落で早くも縄文早期には定住生活が確立されたことを示している。

 この遺跡に特有なのが、土器の表面がハイガイやサルボウなどの貝殻で文様が飾られ縄文でないこと。形も円筒形だけではなく他に例のない角筒形もあり、南九州特有の土器である。

0062  ところでこの遺跡の謎は、9,500年前に造られたこの遺跡が7,500年前には忽然として消えてしまっている事である。11,500年前の火山灰(桜島噴火で桜島が出来たとき)と9,500年前の降灰の層の間にあるこの遺跡は、出土土器の種類から見れば、造られてから200-300年後には消えているとも見られる。

 原因は7,500年前ごろより始まる地球温暖化により、落葉紅葉樹林は照葉樹林に変わり、気温も現在より高く、海面も5m高くなって、生活環境が激変したことによるとの説やその後の噴火による降灰のせいなど言われているが、謎である。

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2009年6月14日 (日)

この時期、生き物の句が多い

 新聞の投稿句の話。冬は生物が見えない世界で殆ど生き物は題材とならない。春は当然に梅、花(桜)、続いて若葉、新緑となるは当然ながら、梅雨入りの今頃は、いきおい、生き物に目が向かうのか、生き物を題材とした句が増える。

 今日の毎日俳壇の4人の選者による48句の選句のうち、25%にあたる12句が生き物(動物)が題材となっている。やはり季節がめぐり、目に付きはじめた小動物たちへの優しいまなざしを感じるのでここに転記しておく。

雀らのうれしき声す麦の秋 (大谷 睦雄) 註:「麦の秋」は収穫期の麦で夏の季語
 飛魚(あご)とぶや長き渚の安房の国 (松島 大地)
 鉄塔に鴉のとまり麦の秋 (吉川 勉)
 縁側を歩くにわとり鯉幟 (尾崎 舜二)
 道に出て叱られている子猫かな (世古 幸久)
 脱げそうな牛の草鞋(わらじ)や賀茂祭 (丹羽 利一)
燕来る店を仕舞ひし本屋にも (杉浦 正章)
 雑魚を釣る吾に青鷺(さぎ)侍りゐる (森川 勧)
 (ちまき)買ふ店の鸚鵡(おうむ)に呼び込まれ (太田 順子)
 雨の日は庭の小鳥の巣を思ふ (枝沢 聖文)
 ででむしや雨に向けたる角の先 (塩野谷 慎吾) 註:ででむしはカタツムリのこと
 老鶯の鳴きつぎ赤子寝息立て (岩田 まさこ) 鶯はウグイス。ここはオウとよむか
 ◎印は特選句4句のうちの2句です。

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2009年6月12日 (金)

古代史の謎7:最古の土器

0042  鹿児島県加世田市の志風頭(しかぜかしら)遺跡で、1万2,000年前世界最古のしかも最大の土器が出土したと1997年(平成9年)11月25日の新聞は報じた。土器は氷河期後、温暖化による農業の始まりと共に生まれたとされ、従来は西アジアで9000年前に生まれたとされていた。

 しかし、近年東アジアで氷河期後の1万2,000年前ごろからの土器出土例が増え、東アジアが土器発祥の地の可能性が高といわれていた。
 今回の出土土器は径50cmもある最大且つ最古の土器であり、特に注意すべきは、同じ地層から細石刃が150点も出土し、旧石器時代末期の石器であり、旧石器時代と縄文時代が重なった現場であることだ。

0043  この土器は同時期に例を見ない大きなものであり、家族的な小単位の使用には大きすぎるため、集団生活での使用のため造られたもので、集団的な定住生活の始まりを示していると見られる。
 使用法は液体の貯蔵用であろうといわれるが、農業の始まりとの関係やこの大きな土器の必要性など、まだまだ謎である。

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2009年6月10日 (水)

うっとうしいね

 大嫌いな梅雨になった。薄暗い、じとじとする、屋外で体を動かせないなどで気分爽快とならない。そんな季節に、今の政治状況は何だろう。自民党も民主党も国民に明るい希望を持たせるようなこと何一つ言わない。

 よく考えて見ると、日本国民が明日に明るい希望を持って頑張ろうというようなことが何一つない。まさに十年後の世界を、日本を見据えて、今何をすべきか、そのために国民に何を求めるのかを明快に言う人がいない。

 やはり政権交代とか世代交代の時期なのであろうな。変るべき時に変えられない国民であってはいけないのかと思い惑うこの頃である。

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2009年6月 8日 (月)

古代史の謎6:縄文草創期、石器材が流通?

005  千葉市に向かって北西に流れる村田川(茂原街道沿い)の右岸、おゆみ野台地(標高45m)からは、どこを掘っても旧石器から縄文時代の遺跡が出るといわれる1万3,000年前「六通(ろくどおり)神社南遺跡」がある。当然人間が生息するに極めて良好な自然環境である。

 この遺跡では90点に及ぶ縄文草創期の石器が発見されたが、注目されたのは、掻器、削器には頁岩、尖頭器には安山岩と流紋岩と言うように石器により石材が使い分けられている事である。
 そしてその石材の産地特定のための蛍光X線分析で、頁岩は東北産、安山岩は奈良県産、安山岩は奈良二上産出のサヌカイト、流紋岩は岐阜下呂産出の下呂石であると見られる。この事から、最終氷河期が終わりの頃、すでに広域の流通経済が出来上がっていたと見るべきであろうか。今はまだ謎の段階ではあるが、今後の調査ではっきりするだろう。勿論石材に限らず、他の物資も流通したと考えるべきであろうし、現在人の思いも及ばぬ進んだ社会があったのではなかろうか。
 

 

 

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2009年6月 6日 (土)

果実は豊作か

 そろそろ入梅かと言う時期になったが、九州では降雨量が少ない。田植えの時期が近づいてくるが、農業用の貯水池の水位が大変低いのだそうである。長い梅雨でじとじとの毎日も嫌だが、空梅雨も何かと悪影響が大きいので、そこそこの雨を期待するところである。

 そんな中、今春は草花も花木も花着きが非常によくて、目を楽しませてくれたが、果実類の実着きもいい様である。ここ福岡では梅の実がそろそろ収穫期だが、今年の梅は粒が大きく、どこの梅ノ木も沢山実が着いている。多分豊作なんだ。
 福岡では庭に枇杷を植えている家が多いが、最近色付いてきて、鑑賞にもいい。又も今のところ沢山ついているが、これは今後の天候次第で落ちるかもしれない。

 花が沢山咲いて、今度は実もたくさん着いて、あとは今夏は異常な猛暑にならなければいいがと願っているこの頃である。

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2009年6月 4日 (木)

古代史の謎5:旧石器時代の芸術品

010  この出土品は静岡県長泉町の富士石遺跡から出土したものである。愛鷹山の南東麓にあり、標高200m位の丘陵地帯で、日当たりがよく水の便にも優れた絶好の環境にあるといわれる。
 富士を仰ぎ見るのにもよい場所であり、地理的特徴からみれば、恵深い大自然を象徴する富士山を崇拝する祭礼の場所であったかもしれないと言う。

 この石製品は全体が磨きこまれ丸みがついており、上部の握り部分には14本の刻みが入っており、又穴を穿って紐が通せるようにもなっていて、実用的器具か、祭祀用具か不明だが、高度の加工技術と芸術性が高い。
 出土地層から後期旧石器時代後半(1万6,000年前)と推定されるが、この時期にこのような流紋岩製の装飾性の高い石製品で、きわめて高度な加工品であることに謎が残されているものである。

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2009年6月 2日 (火)

難しい「俳句の切れ」

 目下俳句の勉強中。俳句とは ①5音、7音、5音からなる17音字の短詩 ②季語が必ず入ること ③切れ字或いは切れが必要。というかこれだけ揃えば上手下手は別にして俳句と教わっている。

 ところが何時までたっても、この「切れ」が分からない。名詞や動詞の上の修飾語が連用形、連体形であれば続いた言葉で「切れ」ていないから駄目といわれても判然としない。

 下記の句は今週の毎日俳壇の選句の中から拾い上げたものであるが、これらは全て切れ字がない様に思える。即ち題材の説明文になっていると感じるが如何なものか。尚、例句とした方、並びに選者に失礼と思うので作句者氏名は省いています、乞ご了承。
 真白なる光背光る水芭蕉 (水芭蕉の説明文)
 満開の花のしづもる夜の公園 (夜の公園の説明文)
 見の限り続く近江の植田かな (植田の状況説明文)
 最果ての小さき旅籠(はたご)の木の芽和 (木の芽和の説明文)
 小雨降る浅井の荘の田植えかな (田植えの場所と天候説明文)
 燕来る父の生家の深庇 (深庇の説明文) 
勿論ほんの一字、連用形、連体形、接続詞を変えればはっきり「切れ」となると思いますが・・・。

 尚選者が「特選句」として選ばれた次ぎの四句ははっきり切れていますのでその部分を1字分空けて掲載しておきます。
堀口 星眠 選 「煙より男出てくる 野焼かな」上田 善朗)
西村 和子 選 「願わくは天空海闊 鯉幟」吉田 家英)
大峯 あきら 選 「白牡丹 祇王寺近き岐(わか)れ道」数藤 茂)
鷹羽 狩行 選 「兜煮となり 貫禄のさくら鯛」小川 弥生)

 

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