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2009年2月

2009年2月28日 (土)

古事記を読む(2)

古事記について

 始めに、「古事記」とはどのような書物なのかを紹介しておこう。

1.成立の謎

 古事記は奈良時代の初期、和銅5年(西暦712年)に作られ、時の天皇元明女帝に献呈された。官製の正史「日本書紀」が完成する8年前に出来ている。

 では何故この歴史書が作られたかは、太安万侶(オオノヤスマロ)が書いている古事記の序文によると、7世紀後半の天武天皇のとき、多くの氏族が伝える神話や伝承に誤りが目立つので、天皇自ら正式な「帝紀」(天皇家の系譜の伝承)と「旧辞」(各氏族伝承の歴史書)を定めてそれを稗田阿礼(ヒエダノアレ)に誦み習わせた。それを元明天皇の御世、安万呂に命じて、阿礼が誦み習った天武天皇直伝の古事(フルコト)をそのまま書き出し、書物としたのが古事記である。
 但し、当時の正史である「続日本紀(ショクニホンギ)」には日本書紀は記録されてるのに対し、古事記のことは記録されていない。故に、古事記偽書説が唱えられたりしている。

2.日本書紀との違い

 日本書紀は中国の陰陽説を基調とし、当時の東アジアの盟主中国との関係を重視し、正統的な漢文体で、中国史書をモデルとし編纂されたものである。編纂には大勢の役人が組織的に携わって出来たもので、対外的にも正史としての性格を持たせたものである。
 又、日本書記は鎌倉以降の儒学、密教、陰陽五行説、伊勢・天台神道などにより大きく変化し、「中世日本紀」といわれる独特の神話世界を形成した。

 一方古事記は漢字を使っているが、正式の漢文ではなく、日本語読みをする文体である。そして倭言葉の語りを重視し、倭に繋がる出雲世界の神話を重視している 書物であり、古事記の存在は正史(続日本紀)にも登録されなかった。即ち天皇家の出自を明確にし、権威を保持するために編纂された私書的性格を持っている。
 これが、江戸後期、本居宣長による「古事記こそ中国に影響されず「古つ世(サキツヨ)」の姿を伝えている」との主張により、神話世界を市井の民衆に開放し、超越的であった「天皇」を、国民にも心的繋がりを持たせた。その結果、近代国民国家のイデオロギーの下地を作ったとも言われる。

3.古事記ブーム

 最近の遺跡発掘調査の進歩もあって、古事記記載の事柄との繋がりを伺わせる遺跡、遺物の発見などもあり、近年徐々に明らかにされつつある弥生~古墳時代の日本の姿をこの古事記を通して読み取ろうとする努力が為されだした。
 又、古事記が時の国家権力とは関係なく編纂されたことがかえって史実を物語っている部分が大きいと見て、再考察をこころみる人も多く、ブームの一端ともなっている。

 尚、文学としても、万葉集、源氏物語と並んで、古文学の一大叙事詩として高く評価されている面もある。では次回から史実と繋がりそうな部分を重点的に古事記の世界に入ってみましょう。

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2009年2月26日 (木)

グラウンドゴルフで優勝

 昨日我々の同好会でグラウンドゴルフをした。
何時も通り、9時半集合の連絡にて、ホームグラウンドに駆けつけた。昨夜からの雨が残り、小雨状態だったが、実質会長の今日は天候は回復に向かうから集まれとの連絡があり、定刻に行ってみると欠席者2名で9人が来ていた。

 霧雨状態が続くこと約1時間、何とかプレイできる状態で、2組に分かれてスタート。昨夜来の雨で、グラウンドには水溜まり、泥濘ありで、スコアそっちのけのプレイが続く。
第一ラウンドは中位。しかし、第二ラウンド9ゲームが終わってみれば何と小生が優勝!。よくないスコアであったが、他が悪すぎたようだ。第三ラウンドは下位にて終了。

 3時半に終り、帰って夕食のビールの旨かった事。これから、春に向け、いよいよ実力を発揮し、常時上位に位置するよう意気軒昂である。

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2009年2月23日 (月)

古事記を読む(1)

古事記を読み始める

 古事記を読んでみたいと思ったのはもう随分前である。ところが忙しかったこともあるが、口語訳を見て、まるで現実味の無い夢想的な物語の羅列だと思って手付かずであった。

 しかし、最近は時間も出来たことに加え、最近の古代史ブームに乗って、未だ闇に包まれたままの「邪馬台国」所在論争に、その解明の一助たらんとしての日本最古の歴史書「古事記」を読み解こうとする風潮が強くなったことに触発され、私も「古事記」に隠された日本古代の実像探索にチャレンジしようと思い立った次第なのである。

 古事記の訳本や解説書は調べてみると物凄いと言えるほど沢山ある。勿論中味の解釈、訳文は夫々少しずつ異なる。
 そこで、私は次の4冊を同時平行的に読み比べながら、古事記に記載する内容を出来るだけ普遍的に解釈するように努めながら読み進めることにした。

 当然根幹に成るのは古事記の原文(漢文字体)と訓み下し文(日本語式訓み下し)である。これを何回も見ながら、他の訳本、解説書を同時平行的に読み進めている。
 ・岩波文庫 倉野健司校注 古事記(原文、訓み下し文)
 ・文春文庫 三浦佑之訳・注釈 口語訳 古事記 神代編・人代編
 ・学研M文庫 梅原 猛 古事記(訳文)
 ・学研 編集スタッフ 古事記の本ー高天原の神々と古代天皇家の謎ー

 この中で古事記の原文に最も近い訳本は梅原猛の古事記であるが、これだけでは普遍的とは言えず、又補足説明がないと解からぬ部分が多い。これの行間を埋めるのに、三浦佑之の訳本(上下2冊)であり、学研の古事記の本(訳文部分と解説文部分)である。

 現在、「天つ神五柱」から始まる物語の「スサノヲの八俣のオロチ」のところまで読んだ。今後も読み進めながら、これらのうちこれは何を物語っているのか、その記述の真偽は?史実との関係はなど面白い部分のみをピックアップして、今後このブログに紹介して行こうと思っている。乞うご期待。

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2009年2月21日 (土)

大宰府へ観梅に

Ume1_2  昨日は午前中降り続いた雨も午後には上がり、息子と大宰府に行こうかということに成った。途中、九州国立博物館を覘いてみると、九州沖縄工芸展をやっていた。
折角だからと入ってみると、著名な陶芸家たちの立派な作品が展示され、目の保養というより圧倒される思いがした。多分買うと成ると高いんだろうなと下衆の勘繰りをしながら拝観。

 見終わってすぐ隣の大宰府天満宮へ。天神様に因んで梅林があるが、白梅、紅梅のほか、八重、枝垂れ梅などいろんな種類の梅が咲き誇っている。
梅の俳句は多いが、
 白梅では「灰捨てて白梅うるむ垣根かな 凡兆」
 紅梅では「紅梅の散りぬ淋しき枕元 子規」
 梅の香では「梅が香にのっと日の出る山路かな 芭蕉」などの名句を思い浮かべる。

 今の時期は観梅と共に受験合格祈願での人出が多いが、昨日来の雨と冷え込みのせいか、参拝客も少なく、珍しくゆっくりと観梅並びに参拝が出来た。
帰りは定番の「梅が枝餅」を買いに贔屓の店まで足を伸ばし買って帰った。       

 

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2009年2月16日 (月)

鴬が撮れた

001_3  福 岡では梅が見頃となってきた。昨日も日課にしている香椎宮(我家から3km位にある官幣大社。裏に仲哀天皇廟があり、本殿は橿日(カシヒ)造といわれる、由緒ある神社)までウオーキング。境内には小さいながら紅白の梅があちこち散見される。

 その内の1本の白 梅に2羽の鴬が枝から枝へ戯れ飛んでいた。そして一瞬1羽が枝にとまったその瞬間、たまたま持っていたデジカメで、慌ててシャッターを押したら撮れた!。
 勿論、ゆっくり望遠の距離調節や背景など構う暇は無かったので、かくの如くピンボケ写真と相成ったが、静止したその一瞬が撮れたうれしさに、当ブログの第1号記事と相成った次第である。

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2009年2月14日 (土)

ご挨拶

はじめまして、今日開設したばかりの、初めてのブログです。
とにかく今日は手順を踏んでブログを開設することで精一杯でした。

 従って、今は中味が何もありません。これから少しずつ書いて行きますからお楽しみに。取り敢えず今日は自己紹介をと思いますが、「プロフィール」をご覧頂ければ凡そのイメージは持って頂けるとおもっています。

 歳は古稀を過ぎたばかりで未だ若いと思っていますが、若人から見りゃ随分歳取った爺がブログでもなかろうにと、きっと思うに違いないと自覚はしています。
で、今のところ仕事といえるものは何もせず、パソコンが好きだからホームページを作ってみた。ところが「第二の人生如何に生きるべきか」なんてクソ真面目な内容なので、これを見た友人曰く、「全然面白くない。ブログでも作ってみたら」との忠告。それじゃといって今回このブログとなった次第。

 今後このブログがどうなるかわかりません。当然日常の徒然を綴ることが主体とは成るでしょうが、そのほか私の好きな日本の古代史や邪馬台国探しの話、俳句の話など趣味の頁や、時には随想なども織り交ぜたいとも思っています。

 終わりにブログの名前がなぜ「風来香」なのか、サブタイトルから、ブログを通じて出来るだけ多くの方との出会いを期している事はご理解出来るでしょうが、若干説明します。
禅語に「風従花裏過来香(古尊宿語録)」(風、花裏(カリ)(ヨリ)過ぎ来たって香(コウ)ばし)よりとったもので、これを勝手に「風来たりて香ばし」と縮めたものです。
 意味は本来匂いの無い風も、花々の間を通り過ぎて来た時には花の香を持ってくる。
即ち人の一生も他から影響を受けて生存しており、又自分も人に影響を与えて生きている。影響しあってこそ人生だという意味です。このブログでいい影響を受けたり、与えたり出来ることを願ってのネーミングです。

 今後お付き合い頂き、この生まれたての頁を育ててやって下さるようお願いし、開設の挨拶とします。

 尚序でながら、小生のホームページのURLは以下の通りです。一度ご訪問下さい。
          http://hihabe.com

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